蕃松院の五輪塔

新海三社神社から東へ車を5分ほど走らせると、田口城跡の麓にある蕃松院(ばんしょういん)の立派な山門が出迎えてくれた。蕃松院は曹洞宗で山号は大梁山(だいりょうざん)。御本尊は、釈迦牟尼仏(お釈迦さま)をお祀りする。蕃松院は依田信蕃(よだのぶしげ)公の戒名に由来している。

「天正十一(1583)年戦国の武将、依田信蕃公は、岩尾城を攻め、弟信幸公と共に没した。その子松平康国公、小諸城主となるや父の追福供養を念じ、その居館跡に堂宇を再建し、父の御戒名『蕃松院殿節叟良筠大居士(ばんしょういんでんせっそうりょうきんだいこじ)』より寺号を蕃松院とした」(蕃松院看板より)

本堂裏手の山の斜面に依田信蕃公と信幸公兄弟の苔むした五輪塔が残されている。近年その礎石下から愛用したと考えられる刀が発見されたそうである。こちらの山道を登ってゆくと田口城跡まで続いているらしい。山上には、多数の郭を配置した巨大な山城が残されているそうだ。往年には、依田兄弟も眼下の領域を見渡していたのだろう。

依田氏といえば、明治期に活躍した北海道十勝平野の開拓者である依田勉三氏を思い出す。勉三氏は、伊豆松崎の出身で、以前伊豆に旅行した際に旧依田邸である当地に訪れたことがある。不思議と依田氏にはご縁がある。もしかしたら勉三氏は信蕃公の子孫であるかもしれない。

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