瀧山寺の御仏
真福寺から東南の位置に、鬼まつりで有名な瀧山寺がある。現在は運慶・湛慶作の仏像が有名だ。青木川沿いにある瀧山寺の山門は重文で、文永4年(1267)、飛騨権守藤原光延(ひだごんのかみふじわらみつのぶ)公が建立したものであるそうだ。
ここから瀧山寺までは車で数分の距離だ。駐車場に車を停めて石段を登ってゆくと桧皮ぶきの寄せ棟造りの本堂が現れた。瀧山寺は、吉祥陀羅尼山薬樹王院(きっしょうだらにさんやくじゅおういん)と号し、御本尊は薬師如来(やくしにょらい)。
薄暗い本堂の内陣には、薬師如来を中心に数体の御仏がお祀りされている。お線香を上げて合掌する。本堂の裏山の細い道を歩いてゆくと、小さな泉に水体薬師如来御霊水と刻まれた石碑が建てられている。水体薬師如来といえば、真福寺も水体薬師如来を御本尊としている。
今回は初めて宝物館で運慶・湛慶作の仏像を拝観することにした。宝物館では、極彩色に彩られた聖観音(しょうかんのん)、梵天(ぼんてん)、帝釈天(たいしゃくてん)の三尊を間近に拝することができる。こちらの聖観音には源頼朝公の御歯と御髪を納めているという。
宝物館のケースの中に平重盛公の持念仏の仏舎利の厨子が、展示してあったので驚いた。源氏ゆかりのこの寺に、敵方であった平家の持念仏があるとはどういうことだろう。調べてみるとこの厨子は、室町時代に足利氏の郎党から寄進があったようだ。重盛公は宋の育王山に黄金を寄進し、その返礼としてから宋の高僧から仏舎利を贈られていたようである。

瀧山寺の縁起は、役行者(えんのぎょうじゃ)を創始としている。瀧山寺の前に流れる青木川には「三界(さんかい)の滝」の名が残されている。
「天武(てんむ)天皇(奈良時代)の御代(みよ)、役(えん)の行者(ぎょうじゃ)小角(おづぬ)は、この地に一堂を建て吉祥寺(きっしょうじ)と称したと伝えられています。或る日、行者が修行のため渓流に沿って山中に分け入ったところ、そこに滔々(とうとう)と落下する一条の滝がありました。このあたり、まさに人跡未踏(じんせきみとう)、修道の霊地かと思われました。行者は、岩頭に坐し、経を誦(ず)すること数日、眼前の滝壺の底に大きな龍が金色(こんじき)に輝く仏像を守護しているのを発見しました。輝くもの、それが金色の薬師如来でした。行者はこの由を朝廷に奏上しましたところ鎮護国家(ちんごこっか)の霊場を建てよとの勅命が下り、行者自ら薬師如来を彫刻し、その仏身に金色の薬師如来を納め御堂に安置しました」(三界の滝由緒より抜粋)
役行者は、この滝壺で薬師如来を拾い上げた、いわゆる拾い仏だ。拾い仏と云えば、善光寺の阿弥陀如来、浅草寺の聖観世音菩薩など枚挙にいとまがない。この共通のエピソードは何を意味するものであろう。仏教伝来より前に御仏を奉ずる民が、この国に訪れていたのであろうか。