The sailing ship リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 10/08/2011 In the harbor, the sailing ship was at anchor. It was Nippon Maru of the sail training ship. The mast of the ship was extended in the sky. LEICA M3 + SUMMARON 35mm F3.5 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
北向観音出現の地 9/07/2022 安楽寺から歩いて10分程度で、常楽寺にたどり着いた。弧を描く茅葺屋根の本堂が特徴的だ。本尊は妙観察智弥陀如来(みょうかんざっちみだにょらい)。本堂の入り口からその御尊顔を拝することができる。 妙観察智とは、存在の相を正しくとらえ、仏教の実践を支える智のことで、第六識(意識)を転じて得られるという。 本堂の裏手の山道を歩いてゆくと杉木立の中に墓石群の並ぶ広場に出た。山手側に建てられているのは重文の石造多宝塔だ。この地は北向観音出現の地であるのだ。 「平安時代の初めのころ、別所の東北にある山の麓あたりの地の底が突然ゆれ動いて、大きな火の口があき、そこから紫色の煙がたちのぼり、南方へたなびいて今の北向観音堂の桂〔かつら〕の木に止まった。その先には金色をした千手観音のお姿が見えたので、天長三年(826)北向の観音堂を建てて仏様を安置した。そこで、このありがたい仏様が地中から現れた火口跡に、木造の多宝塔を建立し、常楽寺境内の最も神聖な場所とした」( 上田市の文化財より ) 石造多宝塔を囲むように墓石群が建てられている。常楽寺の僧侶や縁者のお墓なのだろう。本堂下にある庭園には艶やかな牡丹の花が咲きほこっている。 記事を読む »
まさち長者寂静の地 5/28/2022 真福寺の住職に、まさち(真福)長者のお墓を尋ねると、お墓はないが寂静の御池があると云う。真福寺の境内から坂を下り、東谷の当地を訪ねると果たして御池が現れた。何度も車でこの池の前を通ったことがあるが、一度も気が付かなかった。工業団地が出来たおかげで、前の道は車がひっきりなしにすれ違う。この道は真福寺の 守護神として祀られている神社のある村積山 へと続いている。 御池のそばに小さなお堂が建てられている。失礼してお堂の中を覗いてみると梵字?が刻まれた石塔が残されていた。この石塔を撮影した時は気が付かなかったが、この石塔はミシャグチ神ではないだろうか。この地は元々原初の神を祀る場所であったのかもしれない。この地を寂静の場所として選んだまさち長者は、原初の神々を信奉していたのだろう。 真福寺の起源には、水との深い関わりがある。真福寺の御本尊は、水体薬師と呼ばれ、泉から現れたと伝えられている。その泉の上に本堂が建てられているそうだ。 「推古天皇二年(西暦594年)物部の守屋の次男真福が山の頂きより霊光かがやき端雲たなびくをみて不思議に思い訪れたところ、滾々と湧き出る泉を発見した。しばしたたずんでおられた真福は日頃信仰しておられた薬師如来が水中より顕れ出られ、(是好良薬今留在此)と誦して再び泉の中に姿を消された。 これを目の当たりにして非常に感激し末代まで伝えようとして本堂を建立したのが真福寺の始まりである。( 真福寺ホームページより )」 記事を読む »
おのうづめのうづ乙川龍神 2/15/2022 2年ぶりに帰省した折に、ずっと気になっていた乙川龍神をお祀りする「めのうづ社」と対岸の「龍宮之宮」に訪れた。朱い鳥居の建てられためのうづ社の右手を下りてゆくと鏡の川面が現れた。 この地を上空からみると、乙川はちょうどSの字を描いている。川の流れが堰き止められ、水面が鏡のように樹木を映しだしている。ここには多くの龍神様が集まると云う。 めのうづ社の川辺の向かいの神明宮の鬱蒼とした森を抜けると、丘の上に龍宮之宮がお祀りされている。お酒の香りがする。誰もいないと思っていたが、法螺貝を持った人がベンチに座っていて驚いた。 龍宮之宮をお参りした後、その方に尋ねてみるとこのお社をお守りしているのだと云う。お酒は龍神様に捧げて注がれたのだろう。この地は、めのうづに対しておのうづと呼ばれている。お社の建つこの丘は磐座(いわくら)で全体が岩で出来ている。この下の乙川には白龍がお住いになる竜宮城があり諏訪湖まで繋がっていると云う。 龍宮之宮は水火倭(みかわ)龍宮之宮と云い、御祭神は、船玉姫(ふなだまひめ)之大神、乙姫(おとひめ)之大神、玉依姫(たまよりひめ)之大神、面足姫(おもだるひめ)之大神、うがやふきあえず之大神、八大竜王(はちだいりゅうおう)之大神、恵比寿大黒天(えびすだいこくてん)之大神、男之頭女之頭(おのうづめのうづ)之大神の八柱をお祀りする。 守り人の方に許可をいただいて、川辺まで下りてゆくと大きな岩場が存在している。この岩場は古代の祭祀場であったそうだ。川面が深い緑青をたたえて、太古の竜宮城につながっている。お社のあるこの地の神明宮の側には、丸山古墳があり聖なる場所であったのだ。 もう一つこの地には深い思い入れがある。乙川を渡る東名高速道路の橋脚の向こうに、幼い頃に住んでいた家があった。その家は乙川の崖の上に建てられており、この家の庭でポーズをとった幼い私を写した写真が残っている。その写真は、高速の橋脚越しにちょうどこの岩場に向かって写されている。そういえば、上京してから住む家は、川の側ばかりであった。産土神ともいえる、この地に坐します龍神様は、ずっと私のことをお護りしてくださっていたのかもしれない。 記事を読む »